何万分の1の星になる

ジャニーズ話の雑記帳

書けなかった手紙とこれから書く手紙

親に手紙を書くことにした。

 

今まで、正確に言うと大学に入ってから。親に手紙を書こうと思ったことが2回ある。

1回目は大学入学してしばらくたった1年生の中ごろ。大学編入とかしたくてしょうがなくて、とにかく自分の置かれた状況が嫌で嫌でしょうがなかった。この時は書きたいモヤモヤが心にたまっているのに、うまく言葉に出来なくて、下書きするつもりだった紙に書いて書いて書いて破り捨てて、結局書けなかった。

2回目は就職活動の序盤。帰省した時に「何もわかってないくせに」あーだこーだ言われるのが本当に腹立たしくて、1回目にかけなかった鬱憤ごとぶつけてやろうかと思って書こうとした。でも、なぜか「まだ送るべき時じゃない」と思って、このはてなブログの下書きに打つだけ打って、書く事まではしなかったのだ。

その記事は偶然にも、いまこの文章を書いている日のちょうど一年前(2015年3月24日)に打ち込んでいたものだった。もちろんさっき読み返した。当時の思いとか、4年生のはじめまで鬱積していたものが思い出されると同時に、今の私なら綺麗に清算できると感じた。

私はもうすぐ、家を離れる。母親の扶養を外れて、自分でやっていくことになる。研修の準備をしたり研修前学習をきちんとすることも大事だけど、親に手紙を書くことは今の私にとって、きっと、一番大切なことだ。だって「これからの私」をつくっていく「今の私」は、「過去の私」が育ったホームあってのものだろうから。

 

もうひとつ、読み返したものがある。

中学2年生のときの宿泊研修で、立志の会をした。その時に自分が書いた手紙*1と、親がくれた手紙だ*2

私の書いた手紙。字は今よりも汚くて、ギャル文字を書こうとしたのに書けなかった人間独特の字のバランスの崩れがある。まだ便箋に一発書きのペンで思いをつづれるほどの構成能力もない。

「私も頑張るね!」って書きたいけど、気負いしそうやでやめとくよ。(お金の面で苦労させないよう、国公立目指すよ。)

もう少し大人になったら。ちゃんと心から ありがとう。 って言えるように、お父さんやお母さんから ありがとう。 って言ってもらえるようになるよ。

相変わらずお手伝いを進んでしないし、希望していた国公立大学にはいけなかった。頑張ったけど頑張りきれなかったし、疲れると何もしない性分だ。ただ、この頃は言えなかった事、話せなかったことが、今の私なら伝えられる気がするのだ。

そして、私はこれから感謝されたいのではない。相手からの明確なレスポンスだけを糧に生きてしまうのは危険なことだと思う。欲しがると自分の首を絞める。なにがどうであれ少しでも親を笑顔に出来たら、言葉にしなくたってきっと十分だ。

 

9年近くたっても人の性格の根っこのようなものは変わらないらしく、親から送られた手紙に書かれている私の性格なんかはいまだに思い当たるところがある。さらに手紙を読み返すとこんなことが書いてあった。

40数年の母のつたない経験から言えるのは、どんな時も、どんな事も、なるようにしかならないということ。ベストはつくす。やれるだけの事はしなければいけないと思いますが、何事も思いつめないことです。

まだまだこれから色々な事が起こるでしょう。相談に乗ってくれる人、助けてくれる人がいるでしょう。(中略)けれど、進む道を決めるのは自分なのです。(中略)自分で決めれば、少なくとも「人のせい」にしなくてすむのです。

ここ7年で私が経験したことの、解決の糸口になるヒントは、とっくの昔に母親が教えてくれていたのかもしれない。そんな気がする。

 

スーツを着る仕事をしていない俗世離れした父親と、毎日クタクタになって帰ってくる、頑張りやな母親への、初任給でのお楽しみは私の中で大体決まっている。高価なモノにこだわらない人たちだし、ネクタイやハンカチやペンを送ることは、私の親の場合なんだかしっくりこない。母の日や父の日の贈り物だって「お前の稼ぎじゃないからいいよ(いらないよ)」と言ってくる人たちだから。

祖父母が私の親としっかりコミュニケーションできていたのは80手前までだった。とすると、私には、大事なことを親と話せるタイムリミットが、あと20-25年くらいしかないということになる。このことを特に最近考えていて、「今」できるだけ笑顔でいる瞬間を多く作り出していきたいなと強く思う。

節目のプレゼントをベタなタイミングでするその前に、ひとつ、お手紙を書こう。4年前書こうとした、八つ当たりのような文章も、「人のせい」にしてばかりな文章も、汚い言葉も、もう要らないのだ。四年間で思考が変わって見えてきた世界、大好きだよってこと、それらを正直にしたためて贈ろう。それが、まだ何も生み出せない私の、今唯一出来ることだと思うから。

 

3月29日から、私は新しい場所で根を張っていく。不安はある。あるけど、自分が不安なときはきっと周りも不安なのだと思うようにしている。不安を消すのは経験だ。はじまるまではわからない。わからないことに気をもんだってどうしようもない。強くしなやかに生きてみせよう。笑顔を大事に、これからも。

*1:親がまだとって置いてくれているのはくすぐったいような…ありがたいことなのだけれど、なぜか神棚の横においてある。恐れ多い。

*2:汚い部屋の住人でも大事なものはとっておくし、きちんと物の場所はわかるのだ。