何万分の1の星になる

ジャニーズ話の雑記帳

ジャニヲタが「羅生門」の世界に迷い込んだ場合

原作のファンの人怒らないで…;

 

一周回ってさびれた、何十年後の世界での、もしかしたら起こりうるかもしれないはなし

 

 ある日の暮方の事である。一人のジャニヲタが木の下で雨やみを待っていた。大きな木の下には、この女のほかに誰もいない。ただ、所々ペンキのはげた、広いベンチに、大きな蜘蛛が一匹はっている。この木が、原宿駅前にある以上は、この女のほかにも、雨やみをするカップルやポップコーンの行列に並びたがる人間が、何人かはありそうなものである。それが、この女のほかには誰もいない。

 何故かと云うと、この二三年、日本には、地震とかゲリラ豪雨とか大火事とか政治腐敗とか云う災いがつづいて起った。そこで東京のさびれ方は一通りではない。旧記によると、スマホやPCを打砕いて、レアメタルだとか使えそうな部品だとかを、路ばたにつみ重ねて、生活費の足しにしていたと云う事である。首都内がその始末であるから、活気のあった原宿周辺は、治安悪化の一途をたどり、よりつく者も少なくなっていた。するとその荒れ果てたのをよい事にして、病気をもった動物が道路を這うようになった。悪党が土地が安いと、警察も寄らないとはびこるようになった。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この木の下へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この駅や木の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。

 その代りまた鴉がどこからか、たくさん集って来た。昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾のまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに木の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、木が植えられた広場の周りにある死人の肉を、ついばみに来るのである。――もっとも今日は、刻限が遅いせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた広場の石段の上に、鴉の糞が、点々と白くこびりついているのが見える。ジャニヲタは七段ある石段の一番上の段に、もう今は姿を見る事もできないかつての「自担」カラーの服の尻を据えて、右の頬に出来た、大きなにきびを気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。

 作者はさっき、「ジャニヲタが雨やみを待っていた」と書いた。しかし、ジャニヲタは雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、アパートへ帰るべき筈である。ところがそのアパートの管理人からは、四五日前に家を追い出された。前にも書いたように、当時東京の町は一通りならず衰微していた。今この下人が、永年、住んでいた家の管理人から、唐突に追い出されたのも、実はこの衰微の余波にほかならない。だから「ジャニヲタが雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられたジャニヲタが、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、今日の空模様も少からず、ジャニヲタの Sentimentalisme に影響した。夕方からふり出した雨は、ゲリラかと思えどいまだに上るけしきがない。そこで、ジャニヲタは、何をおいても差当り、自分の手荷物としてつめるだけつめてきたヲタグッズと明日の暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから原宿駅前にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

 雨は、原宿周辺をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、木の枝の先が、重たくうす暗い雲を支えている。

 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。選んでいれば、そこらへんの公園とか、トンネルの端とか、道ばたのアスファルトの上で、餓死するばかりである。そうして、この広場の周りへ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――ジャニヲタの考えは、何度も同じ道をぐるぐるとしたあげく、やっとこの局所へ着地した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来るべき「盗人になるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

 ジャニヲタは、大きなくしゃみをして、それから、大儀そうに立上った。夕冷えのする東京は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。風は木立の間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。ペンキがはげたベンチにいた蜘蛛も、もうどこかへ行ってしまった。

 ジャニヲタは、首をちぢめながら、朱色のTシャツに重ねた、薄紺のカーディガンを首元に寄せて広場のまわりを見まわした。雨風の心配のない、人目にかかるおそれのない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い近くのさびれた、人気のない、あいた窓だらけのビルに上るための、幅の広い階段が眼についた。広場の周りなら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。ジャニヲタはそこで、腰にさげた人を攻撃できそうなペンライトがカチャカチャと音を立てないように気をつけながら、クロックスをはいた足を、その階段の一番下の段へふみかけた。

 それから、何分かの後である。駅前広場の木より高い階にあがる手前、幅の広い階段に、一人の女が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の様子を窺っていた。上からさす火の光が、かすかに、その女の右の頬をぬらしている。ぼさぼさとしたショートカットから、ちらりと赤にきびがのぞく頬である。ジャニヲタは、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括っていた。それが、3階まで上って見ると、上では誰か別のヲタクがペンライトをとぼして、しかもその灯をそこここと動かしているらしい。これは、そのぎらぎらとした、くるくると色をかえる光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この広場の周りで、灯をともしているからは、同じジャニヲタとはいえどうせただの者ではない。

 ジャニヲタは、やもりのように足音をぬすんで、やっと急な階段を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平たくしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、ビルの室内を覗いて見た。

 見ると、ビル内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸が、無造作に棄ててある。おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を延ばしたりして、床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に唖の如く黙っていた。とはいえ思っていたよりも数は少ない。それより、人は人でも、壁や床に無造作に、ジャニーズ――私がかつてヲタクをしていた、今はどこに行ったのかも分からないアイドル――のポスターや生写真、うちわ、雑誌の切り抜きがところせまし散らばっていた。それらの中には破れかけ色あせているものもあった。あのころのこの国の明るさや、彼らの笑顔は、どこへ行ってしまったのか。大量にちらばる過去の一瞬達は、その場ににあわない空気をかもし出していた。

 ジャニヲタは、それらの死骸の腐爛した臭気と、生きているのかも分からない、もうその姿ではない写真たちを見て思わず、顔をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もうおおう事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの女の五感を奪ってしまったからだ。

 ジャニヲタの眼は、その時、はじめてその死骸の中にうずくまっている人間を見た。山吹色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に公式ペンライトを持って、同じグループの切り抜きばかりを近くに寄せ集めていた。

 ジャニヲタは、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、ペンライトを、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた切り抜きに手を添えると、丁度、おなごの髪の毛をやさしく切るかのように、その切抜きなどにはさみを入れ始めた。手馴れているので、もともとは几帳面なヲタクだったのだろうか。

 その切り抜きが、グループのものからタレント個人のものに切り離されるにしたがって、ジャニヲタの心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。――いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこのジャニヲタに、さっき門の下でこの女が考えていた、餓死するか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らくジャニヲタは、何の未練もなく、餓死を選んだ事であろう。それほど、この女の悪を憎む心は、老婆の床に挿したペンライトのように、ぎらぎらとしていたのである。

 ジャニヲタには、勿論、何故老婆が誰のものかもわからぬ、生きているかも分からぬ「偶像」をいまだ切り抜くのかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし女にとっては、この雨の夜に、この原宿駅周辺で、ジャニタレの切抜きをあさると云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、ジャニヲタは、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

 そこで、ジャニヲタは、両足に力を入れて、いきなり、階段を上まで駆け上がった。そうして 応援していたグループのペンライト(こちらのものはなかなか鋭利で人ひとり殺められそうなものである)に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。

 老婆は、一目女を見ると、まるで弩にでも弾はじかれたように、飛び上った。

「おのれ、どこへ行く。」

 ジャニヲタは、老婆が切り抜きたちに足をとられながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こうののしった。老婆は、それでも女をつきのけて行こうとする。女はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。女はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへねじ倒した。丁度、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。 「何をしていた。言え、言わないならどうなってもかまわないな?」

 女は、老婆をつき放すと、いきなり、身につけていたペンライトを取り出して老婆ののどもとに突きつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、めだまがまぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗黙っている。これを見ると、女は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、ジャニヲタは、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。

「私は警察官でもなければこの事務所の関係者でもない。今し方この下を通りかかった旅の者だ。だからお前をどうしようと云うような事はない。ただ、今時分このビル内で、何をして居たのだか、それを私に話しさえすればいいのだ。」

 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその女の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏のどぼとけの動いているのが見える。その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、ジャニヲタの耳へ伝わって来た。

「この切抜きを集めてな、この切抜きを集めてな、イッピ袋にしようと思うたのじゃ。」

 女は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。イッピ袋を作ること自体はジャニヲタの中でも独特な行動ともいえるので、平凡というのは違うかもしれない。ただ、このご時世、自分の明日さえわからず彼らの消息も絶たれた状況で、未だに偶像を渇望するその様にほとほとあきれたのである。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一緒に、心の中へはいって来た。すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、たくさんの切り抜きを持ったなり、蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。

「成程な、いまや生死も分からぬアイドルの、誰のものかも分からない切抜きを集めると云う事は、何ぼう愚かな事かも知れぬ。じゃが、ここにうつるアイドルは、皆、そのくらいな事を、される前提の者ばかりだぞよ。現在、わしが今、切り抜いていた男はな、昔から、そして今もどこかでの活躍を願っているのじゃが、いわゆる担当にしていた男でな。こんな国にならなければ、今でも変わらず、応援され歌い踊っている姿を目に焼きつけられたことであろ。それもよ、この男の歌声は、万物を安らかにするというて、娘たちが、欠かさずCDを買っていたそうな。わしは、この男に感謝しておるのじゃ。とはいえな、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。そもそもアイドルは見られ聞かれ踊りもてはやされ歓声をうけるからこそ、存在価値があるのじゃ。見る・聞く機会が失われた今、ヲタクがヲタクとしての使命を果たしつつ、アイドルの使命を果たさせる方法は、切抜きをめでることしかなかろうて。その仕方がない事を、アイドルになった彼らはよく自覚しているであろうし、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」

 老婆は、大体こんな意味の事を云った。

 ジャニヲタは、ペンライトを腰にくくりつけなおして、左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きなにきびを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、ジャニヲタの心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっきビルの下で、この女には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこのビルの中を上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。ジャニヲタは、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの女の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

「きっと、そうか。」

 老婆の話がおわると、ジャニヲタは嘲けるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰にきびから離して、老婆の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。

「では、私も同じ男の顔をむさぼろうと恨むまいな。私も同じ穴のむじなでね。」

 ジャニヲタは、すばやく、老婆のイッピ袋を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。階段の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。ジャニヲタは、剥ぎとったイッピ袋をわきにかかえ、そこらじゅうの写真をつかみとり、またたく間に急な階段を夜の底へかけ下りた。

 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その体を起したのは、それから間もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ灯っているペンライトの光をたよりに、階段の口まで、這って行った。そうして、そこから、ビルの下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。

 ジャニヲタの行方は、誰も知らない。

 

元:芥川龍之介 羅生門

青空文庫より

きっかけのツイート

 かしいちゃんありがとう。

あえてHey! Say! JUMPみたいに、特定のG名とか担当は出さずに書いてみたのでした。

失礼致しました…