何万分の1の星になる

ジャニーズ話の雑記帳

「組曲Hey!Say!JUMP」があったらな

 

私は中学高校と吹奏楽部に所属し、打楽器を担当していた。

学校では(ジャニオタになった高校時代は特に)趣味全開で生きる人間だったので、もちろん部活の先輩や後輩にも当時私が嵐を好きなことは知れ渡っていた。

ある日。毎年3月に行われる定期演奏会の曲決めをしていて、その候補に挙がったのが「ジャパグラ」だった。

ジャパグラとは、「ジャパニーズ・グラフィティ」の略称で、WindsScoreという楽譜会社が取り扱っている楽譜シリーズのことだ。現在までにアニメメドレーや美空ひばりメドレーなどがこのシリーズで出版されている。

私たちがやろうとしたジャパグラはパートⅩⅣの「嵐メドレー」。その頃嵐というコンテンツも市民権を存分に得ていたのと、私のやりたいオーラが滾っていたこともあって(笑)、このメドレーは無事定期演奏会で演奏されることになったのだった*1

自分の好きな曲を演奏するのは本当に楽しいことだったし、吹奏楽曲の楽譜になると当然編曲されている*2ので、その違いを楽しめたのもおいしかった。

ちなみに楽譜はこれ

NSB 第37集 ジャパニーズ・グラフィティ XIV - 【ウィンズスコア】吹奏楽で日本を元気に!

実際の演奏例はこちら

youtu.be

 

なんでか知らんけどつなぎがすっごいイイ…!違和感ないのはもちろんのこと、打楽器パート(開場の盛り上げ役も兼ねる)としては重要なお客様と一緒にクラップいれるところもあり、各楽器の見せ場も多い。個人的にはHappinessの入りのドラムがお気に入り。

 

本題に入ると。

私はジャパグラ嵐みたいなことをJUMPでもやったらどうなるかな~と考えたわけでして…。というわけで、今回はタイトルの通り、JUMP曲のメドレー、その名も「組曲 Hey! Say! JUMP」があったらいいな~!楽譜はかけないけどここのパート入れて欲しいな!この楽器にやって欲しいな!というやや不完全な妄想を書き綴ることにする。(前置きが長くなってしまった)

 

*1:ありがたいことに一番好きな楽器であるティンパニをこの曲で担当できました^^

*2:音符の長さ、リズムのとりかただけでなく、構成や調なども演奏されやすいように変更されていて、編曲者の方々には頭が上がらない。ちなみにRAPは上手いことなかったことになっていたりアレンジされている。

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(one's) own pace

リアタイなんて言葉4年前においてきている。

 

最近どうもぽけっとしていて、何をするにもやる気が起きない

立ち上がりが遅いのだ。これが春というやつか。

 

最初の言葉に戻る。

リアタイ…リアルタイムで番組を見て、Twitterに感想を書き込んで皆で見てる気分になるのが私はとても好きで、今も好きなんだけど、大学寮に入った時にリアタイがほとんど出来なくなった。

共同のTVはあるけれど朝の8時から22時までしか視聴は不可能。21時から静かにしなきゃいけないので満足に大声出して日本代表の試合応援することもむずかしいし、21時からのドラマが延長すればラストシーンはお預け。

だから大事なときは散々ダビングをTLのみなさんにお願いしてきた。本当に恵まれていると思う。その生活も大学卒業と同時にもうすぐ終わるわけだが。

 

最初のうちはリアタイできないとファンじゃないんじゃないかって思ったし、実際自分からとりにいく情報が少なくなることでアイドルから距離が離れたことは事実だから、これを奨励することはできないのだけれど、番組をリアタイするか録画するかとか、どれを見るか見ないかとか、雑誌を買うか買わないかなんてそんなの私の勝手だしみんなの勝手なのだ。

自分に(金銭的或いはそれ以外の)無理を強いてまで人の夢を応援していて、はたしてそれがプラスになっていくのか。

うまくまだ線引きは出来ないけれど、この問題とは上手く付き合っていかなくちゃなあと思う。

私が心に留めている、二宮和也さんのことばがある。

ファンの人たちの働く目的が『嵐のものを買うため』に なっちゃいけないって僕らは思うんです。モチベーションになるのはいいけど、主たる目的になっちゃいけない気がする。自分で稼いだお金は その人自身に投資すべき。俺らのこと、生活に支障がないように 好きでいてください。(笑)

―SPUR 2010年11月より

私はアイドルをモチベーションにできるだけ何かに頑張ることができているだろうか。

問いかけつつ、残りの春休みを過ごしたい。

 

ていうかこれ書いててわかったわ、長い文章を一生懸命書く必要はないんだよね

原稿用紙1,2枚の量でもいいから思ったこと書けばいいんだ

いろいろ頭の中でこねくりまわして悩んで、完結しないと文章あげる気にならんもんで(その割に誤字は多いが)、下書きばかりたまっていくのが最近の悩みだったりする。

 

2代目ジャニオタの育て方、的な

お題「ジャニヲタになったきっかけ」

 

小さい頃からTVが隣にあった。

今の実家がある地域に引っ越す前に関東に住んでいたのだけれど、その時は小さくて狭い和室に家族3人川の字で寝ていた。母親がコンビニのパートに出ているから帰りが遅かったり、父親が夜更かししてたりと、寝るときもTVがついてるなんて日常茶飯事だった。*1*2

そんないつも仕事を頑張る母親が昔っから好きで、父親が嫌い*3なものがジャニーズだった。

母は私が小さい頃からSMAPのファンだった。まだアナログ放送の時代、ブラウン管にうつるSMAP夜空ノムコウの発売当時、私はまだ保育園児だったけれどなんとなくスマスマでの歌披露を覚えている。幼心にもごろちゃんが好きで、しんごママ(これは多分小学生の頃)の真似をし歌い踊る、そんな子ども時代。保育園の出し物にはKinKiKindsの「フラワー」が使われていたし、小学生の時には「ロシナンテの災難」をみた影響で「僕の背中には羽根がある」をお昼の放送にリクエストしたこともある(そして校内に流れた。嬉しかったなあ)。

そういうわけで、私とジャニーズとの出会いは比較的早い時期に起き、また彼らに嫌悪感を抱くことなく、時間はすぎていった。ジャニオタではなかったけれど、そうなる土壌は幼少期から耕されていたのだと思う。ありがとうお母さん。

実を言うと、転校した小学校3年生から中学校2年生までの間、私の家にはテレビがなかった。いや、あったのだけれど、正確に言うと、BSしか映らない状況だった。朝ごはんも夕ご飯もBSニュースが私のお供。だからみんな大好きイケメンパラダイスや、トリビアの泉はリアタイできなくて、実家から徒歩3分、200mの距離にある祖父母の家で録画したものを次の日に見る生活を5年以上続けていた。ので、もちろん、自分から欲しない限り、ジャニーズをみることもなくなっていっていた。(この状態は2年生の冬、我が家の地デジ化により解消される)

中学2年の時にいろいろあって、中学3年生の冬。田舎の高校受験なんて倍率1倍という緊張感のないもので、しっかり勉強しつつも息抜きする日々が続いていた。

そんな時母親に「○○ももう高校生でしょ?好きなTVの俳優さんとかアイドルとかいないの?」ときかれた。私はいままでMステすらみないような、現代中学生とは思えないTVライフをすごしてきていたから、その質問にすぐには答えられなかった。その頃から意識的にTV番組だけではなくてCMなどにでている人・曲を見聞きするようにした。

嵐とであったのはその”CM”だった。

2008年は嵐にとって躍進的な年で、この時期に嵐ファンになった人は「OneLove」か「Truth」で堕ちてるイメージがあるのだけれど、私にとっては魔王旋風もすぎたあとの「BeautifulDays*4」のカップリング―僕が僕のすべて―がジャニオタになる決定打だった。印象的なのは櫻井くんと相葉ちゃんのCMで、これがそのまま嵐の担当になっていった。CMのコンセプトだけでなくて、使われていた曲のサビが、中学2年でいろいろあった自分にとっては染み入ってくるものばかりで、私は数日後に地元の小さなCD屋さんで通常盤を買っていた。私が初めて買ったジャニーズのCDである。

*5

実をいうと、母親は先見の明があったのかしらないが「嵐の宿題くん」を毎回録画してくれていて、櫻井くんの伝説のメイド服姿の回を私はみたことがあったらしい*6。本当に、意図的なのかもしれないけれど、ジャニーズを定期的に与え続けてくれて、かつSMAPファンであるためにFC入会に寛容だった母親には感謝しかありません。今は仲良く親子でオタクやってます。

目指せ3世代ジャニオタ。(笑

*1:今思えば安眠を阻害されてるのに、こうやってちゃんと(?)育ったの奇跡だと思う

*2:親の名誉のために言いますが、両親共に自慢できる人です

*3:嫌いな理由をきくとなるほどな~と思う(くだらないと思っているらしい)し、TV消すとか雑誌勝手に捨てるとかじゃなくてグチグチ文句いったり母親のことを楽しそうにいじったりとかそんなかんじ。正直めんどくさいけど、もう慣れた。FC入会できてて、Skype

こんな会話

してくれるだけ恵まれてる

*4:流星の絆、すばらしかったです。見てました。

*5:通常盤を聴こうとすると、妙にトラック6の収録時間が長いことに気づく。それが、「コムタンスープ、ちっちゃめで。」で有名な嵐のシークレットトークで、私をジャニーズの沼に完全に引き摺りこんでいった

*6:今は焦土と化したブログにそのような記事が残っている

Light,Licht,Lumiêre/Glitter,Glantz,Éclat!

 

2015年12月30日、Hey!Say!JUMP初となる単独カウントダウンコンサートの初演が行われた。

この日会場を覆った熱は人々の心にくすぶって、「カウコンロス」をこじらせるものが続出している。

 

12月31日の夜公演、私は家のTVの前でその様子を見ていたのだけれど、割れんばかりの歓声、掛け声に圧倒された。ああ、よかった、うまくいったとわかったよ。衣装の輝きだけじゃない、内側から輝いてるってああいうことを言うんだと思う。画面越しじゃ、肉眼でみたときの小さい姿と比べても、スモークやあわないピントでぼやけてしまっていた勇姿だけれど、それでもキラキラしていた。Hey! Say! JUMPって、「輝き」、その星の下に生まれた天使たちなんだなあ。

 

わたしの持っている公演に関する記憶の断片は、Twitterの12/30夜~1/1あたりのツイートとして記録してある。今日ここに書きたいのはそういうことじゃなくて、私が好きなコンサート中の風景の話。いろいろあって一ヶ月たってしまったけれど、やはりきちんとあの夜会で感じたものは書きとめておきたいし、なにより幸せを感じた瞬間をきちんと残しておきたい。

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私はSMAPが好きです。

 
こう書くとマザコンみたく思われそうだが、SMAPのことが大好きな母を悲しませている、というその一点があまりにも私にとって悔しいことなので、私は昨今の騒動について文句をいい続けている。
冷静さを欠いた感情論だとはわかっているけれど、そうせずには居れないのだ。
 
私はジュリーさんの売り出し方の方が好きだ。格差のないグループの方がみてて清々しいというのが大きい。仕事の質とかタイミングがどうこうなんてのはよくわからないけど。
だから正直飯島さんは苦手。キスマイは3人をあからさまにフロントにおいていた時期「応援したくなかった」くらい*1。本当は一番ファンが支えてあげなきゃいけないような時期に、にわかのやる気を削がせるだけのパワーをあの売り出しかたは持っていると思う。
 
どこまでが本当でどこからが嘘かはわからないから、今から私が書くこと、思ってることのなかには筋違いなものもあるのかも知れない。何より私は社会人ではない。経済を深く知らない。それを頭に入れた上で読んでほしい。
 
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まず、一般の会社で社員が謀反をおこしたら、謝罪して追放されて...ってのはありうる話なのだし、経営陣と契約社員の関係なのだから、SMAP4人と飯島さんは会社から絞られてもしょうがないことをしたのだろう。特に契約社員の立場が弱いっていうのはどこでもある話なのだ、本来なら。
ただ、ジャニーズ事務所と普通の会社で状況が違う点がある。まず普通の会社では内輪の問題で解決することが、どうしても外に見えてしまう(あるいは見せていた)ということ(意図的に、問題があることを昨年一月に週刊誌で示唆したり、派閥を越えた共演を明らかに避けてキャスティングするなど)。そしてなにより、本質的に理解しているかどうかにかかわらず、この問題を知っている外部の人間の多くが、経営陣ではなく社員の味方につくということ。その味方の数と、契約社員のもっていた影響力が大きすぎること。
 
メリジュリは/飯島さんは/SMAPは、それぞれ全く悪くないなんて、私はとても言えないし、それぞれにミスはあったと思う。強情すぎたと思う。無理な話だとわかっているけど、少しずつ妥協していたらまだ状況はマシだったんじゃないのかって思ってしまう。
メリーさんに関してはこんな記事が出てる。

zasshi.news.yahoo.co.jp

う~~~ん、どっからどこまで真実かわからないけど、事務所が作りたいシナリオに思えてならないんだよなあ。メリジュリがSMAPを見捨てて、事務員だった飯島さんがひきとって育てて、その飯島さんが今退社に追い込まれ…って流れなんでしょう?そりゃ残っても何されるかわからないし、ずっと面倒みてくれた飯島さんについていこうと思うのは自然なんじゃないのかな。そこまで自社のタレントに決断させてしまうだけのことを、それまでやってきたってことなんだよ。そのことをわかってないんじゃないの?

…とはいえ、私はメリジュリも飯島さんもプロデュースの手腕は本物だと思っていて、そうじゃなかったらここまでこの事務所は大きくなっていないと思っているのも事実なんだけど。
 
…あああああああああああああ!
私はいい子ちゃんの記事を書きたいんじゃない!私は私の意見を書くんでしょ?何を怖がっているんだ!
やっぱり、今回のメリジュリの対応を肯定できないや。自分達の権力闘争に勝手にまきこんで、問題の火種になった自分達役員はまったく姿を現さず、「問題のシンボル」であるSMAPに謝罪をさせた。
SMAPは、とりあえず私達にはあやまらなくていいとして、だ。スポンサーとか、芸能関係者には謝るべきかもしれない。だって今回の問題はSMAPとジャニーズだけの問題ではないから。しかし彼らが謝ったのは、本来頭を下げに出てくるなり書面をだすべき役員に対してだった。なんだこれ。なんでこんなことTVでやってんの?こんなの見たくなかったんだけど。前から思ってたけど大事なところでやることずれてるよねこの事務所。
 
SMAPがいままでどれだけの利益を産み出してきたのか?どれだけ扉をこじ開けてきたのか。それを失うことがどのくらい損失か…。あれだけマネジメントに手腕があっても、経営のセンスがないんじゃなかろうか…。この三文字で片付けるなって言われそうだけどモラルのない世界だね、芸能界って。
なんで私あんなとこにお金落としてるんだろう、無理して笑顔にさせてないかなって思って今もちょっぴり病んでいるんだけれど、応援しない選択肢なんてないから悔しい。お金を出さないと応援している人はもっと苦しい状況に追い込まれるかもしれない。この投資が本当に彼らのためになっているんだろうか…苦しくてしょうがないや。
お金出す側にこんな思いさせてどうするの?企業イメージ悪くさせてどうするの?所属タレントがプロ意識もって笑顔を振りまくように、夢を与えるようにつとめてるのに、事務所がその努力を根っこからぶち壊しに来ててほんと情けないわ。こんなもん見たくて金払ってるんじゃないよ!私は事務所が好きなんじゃない!ジャニタレがすきなんだよ!!!!!!でもジャニタレがいるのは事務所スタッフの皆さん及び役員のおかげ!なんだこれ悔しい!!!!!
 
SMAPは…SMAPに対して思うことは、上手くかけない。
木村くんが残る決断をしてしまったのを、責めてる人が多くて、大学の友人達と話してても今回の一連の騒動に対する印象は「SMAP悪くないよね?」「事務所こわすぎ」「キムタクが裏切ったんでしょ?」の3つが主立っている。事務所のシナリオどおりになってるからこそ、その気持ち悪さに多くの人が拒否反応を示している。でも、キムタクだけが責められるなんてあんまりだ。半端な決断が出来ない状況だった5人が、守りたいもののために動いた結果がこれだったんだよ。
 
私が…スマヲタではないから偉そうなこといえないけど…いちジャニーズファンとしてきっとこうすべきなんだろうなって思う事(個人的意見であって総意ではないところがポイント)は、事務所が嫌いになっても、その感情とタレントを好き嫌いする感情とを混合しないようにすること…。彼らの戦いはきっとこれからなのです。(そして、メンバーから語られる言葉を辛抱強く待ってください、とも言いたいけれど、これは私が出来ていないことなので皆に向けてはいえない…自分に言い聞かせる、自戒の意味でここに書き記す。)
 
5人がそれぞれどういう考えでどういう選択をしてどういう解釈をされてたくさんのゴシップ記事が書かれているのかわからない。謀反する気があったのかどうかも、SMAPを続ける気があるのかどうかも。ファンが「知る」ことができるのはいつも大変な時期が過ぎ去ってからだ。とてもむなしい。 
 
私は中学3年の冬から嵐が好きになって、オタクをいままで続けている。でももーっとさかのぼれば、思えばすまおたの母親からジャニオタになるための教育をじわじわと受け続けていた。SMAPは昔からそばにあった存在。5人にはしんどいかもしれないけどSMAPであってほしいし、残って欲しいっておもっちゃうんだよな。わがままかな。あえなくなるのが怖いんだよね。 
ごろちゃんは、小さい頃母に「SMAPで一番好きな人は?」ってきかれて、いつも答えていた人。担当のさきがけみたいな人なんだよね、実は。
しんごちゃんは幼い頃のわたしにとってはしんごママ。笑顔が素敵な元気の人。薔薇のない花屋もきちんと見たよ。少し難しかったけど素敵なドラマだった。
木村くんは、やっぱりHEROが印象的だし、とても好き。中学生の時に映画見に行って、ちょうどその頃がとてもしんどかった時期だったのだけれど、あの映画は私のこころの支えだった。
つよぽんぷっすまで好きになったなあ。変態おじさん(ユースケさん)と仲良く楽しそうにしてるのすごいみてておもしろかったんだよね。優しい人なんだろうなって思う。
 
私が見たかった会見は、あんなお通夜じゃないんだ。自信もって「5人で」「SMAPとして」「存続します」っていってほしかったんだ。
あんなのSMAPじゃない、というか、SMAPだと思いたくないというのが本当のところ。全然キラキラギラギラしてないし。力もないし。やつれてて、未来が見えないって顔の5人を見たくて1月13日から待ち続けたわけじゃない。
 
中居正広」という名前は、その存在はジャニーズファンにとって希望だった。派閥に苦しむグループをあえていじることでネガティブ要素をポジティブに変え続け、自身の番組でもう片方の派閥のメンバーの名前を出し続け、後輩を愛し、周囲にアンテナを張り続ける人物。彼がいたから「このグループもきっと状況がよくなるだろう」「事務所全体の問題も彼が解決に導いてくれるはずだ」と考えていた人はきっと多いと思う。
だから私は同時に、「なんで闘わない後輩が多いんだろう」と思っていた。でも会見を見てわかった。闘いたくても闘えないんだと。そして、中居くんはすでにボロボロだったのかもしれないということを。
…謀反だからしょうがないってさっき書いたけど、あんな仕打ち受けるなんて。やっていいこととわるいことがある。
 
「武器はテレビ。」この言葉は2014年の27時間テレビでのテーマだった。番組の中でSMAPはテレビを武器に自分達と向き合っていたし、その感動は少なくともジャニヲタの心にしみたはずだ。
その番組を放送したフジテレビが、武器を武器らしく使って殴り返してきた。フジテレビにどういう意志があり、後ろでどんな糸が引かれているかは想像にたやすいが(逆に言えば想像の範疇でしかないのだが)、武器や武器に搭載されている仕組みは使い方を間違えると文化文明をこわす。私達が月曜日の夜に見た会見は、ジャニーズと言うひとつの文化の崩壊の序章なのかもしれない。
 
じゃあ、私達にはどんな武器があるのか。あるいはどう護るのか。
 
政治学では、軍事力や経済力といった国力をハードパワー、対話姿勢やその国そのものが持つ魅力・政治力をソフトパワー、そして最近でてきた概念で、両者を賢く組みあわせることをスマートパワーという*2
 
もちろん私達は殴れない。殴りたくもない。相手を忌み嫌う前に愛するやり方がいいってことも、構えた銃が実際は自分の心に突きつけられたものだってことも、いつも大事な事はSMAPが教えてくれていたじゃないか。だからしぶとく待つ。しぶとく踏ん張る。SMAPのソフトパワーが盛り上がるのを。事務所のハードパワー(の中の悪しき一部分)がすこしでも削れることを。
 
母親に、2014年のMr.Sコンに連れて行ってもらったことがある。ジャニヲタになってから5年くらいずっと、一緒にコンサート行きたいねっていってて、念願かなってのことだった。SMAPを生ではじめて見て、その時に底力を見たきがした。ステージ端から端まで駆け回っても*33時間以上やりとおすところ、5人集まった時のオーラには圧倒された。めちゃくちゃキラキラでギラギラで、アラフォーかっこいい!と震えたし、SMAPはもともと嫌いではなかったけど、やっぱり好きだ~!最高だ~!って感じたコンサートだった。
 
私は春から社会人になる。安定した収入がある状態になるので、母とまた参戦したいと思って、SMAPのFCに入会するつもりだった(し、4月になったら応援の気持ちで投資する)。いつも頑張っている母親の支えをすこしでも増やしたかった。これからもっと母娘で盛り上がりたいと思っていた。その矢先に、希望を蓄えて出発した年始にこれだよ。何が悲しくてこんなシナリオ飲み込まなきゃいけないんだ。
 
こんな他G応援してるにわかでもSMAP好きだよ、かっこいいよってこんだけかけるんだから、それこそファンの人たちの声はきっと今メンバーに染み渡っていると信じたい。私達の言葉が彼らにとって向かい風ではなく追い風であることを信じたい。そうでもしなきゃオタクやってられないもん。この状況で最善を尽くすことが、今できる最大の「武器」だ。
 
彼らの契約は今年の9月まで。それをのりこえても、オリンピック・パラリンピックが2020年だから、それをすぎたらどうなるかわからない。このたたかいは長期戦だ。
 
最後に。私は、去年に華麗なる逆襲とOthersideを世に出したこと、彼らからのメッセージだと思いたいです。
 
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書いてて思ったけど、上手く言葉に出来てて、読んでて「そうなんですそれが言いたかったんです、言語化してくれてありがとう!」って文章を書くのってとても難しい。そしていろんなツイートを見た後だからかなり影響されている。私のファボ欄とRTみたら情報錯綜の森に自ら足を踏み込んでいるのがわかると思う…情けない。ファンが一番落ち着いているべきだろうに。でもこんなことされたんじゃ無理もないと思ってくれ。変なところあったら訂正・追記するかも。
 
3本の記事…私が「ああ、これが言いたかったんだ…」っておもった文章を最後にリンク付けしておきます。

拝啓、SMAP様〜いま、SMAPに伝えたいこと〜 | La pantoufle de vairhttp://hallacaphoto.com/music/smap-letter/

(エラーが出るときがあるけれど、URLでGoogle検索ひっかけると魚拓とか元のページがでて来るのでそこから最悪入れます)

moarh.hatenablog.jp

 

*1:Sexy Zoneのことについてかいていたけれど、あれはジャニーさん発案らしい。失礼しました。

*2:

www.nikkeibp.co.jp

*3:草なぎくんが歌って、ピンスポ消えて暗転して他のメンバーが歌ってる間にステージダッシュして次の立ち位置ついたの見たとき感動した。

選択と、コントラストと割合と【映画「ピンクとグレー」感想】

あけましておめでとうございます。カウントダウンの感想とか、楽曲大賞とか、Askの回答とかいろいろ記事はたまっているのですが、これは書いておかないと思いが薄れてしまいそうだったので、新年一発目の記事は映画「ピンクとグレー」の感想にします。これでも私さっきまで卒論書いてたんだよ?w

がっつりネタバレのつもりはないし、文量もそれほどないんだけど、物語の根幹に触れてしまうことばかりなので、映画を鑑賞した方だけ読むのが望ましいです。

一つ言うと、物事をそのまま受けとめて考えすぎてしまうきらいのある人、ジェンダー論うけてる学生さんとかは、この映画を見るとき気をつけたほうがいいかもなあって思いました。疲労感とか嫌悪感が増幅しそうだから。

 

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A sign of the world's approaching end

 

自分の携帯から流れてくるお気に入りのポジティブなJ‐POPの歌詞も、気分が下がっているときには何の特効薬にもならない。

キラキラしたアイドルが歌っていれば、なおさら。

同い年なのに、何でこうも違うんだろうと、その陰陽が際立つようで、見せ付けられているようで耳が痛いのである。

わかっている、彼らも一生の安泰が約束されているわけではないことなんて、わかっているけれど、どうしても比べてしまうのだ。

そして比べるたびに、心が元気なときは自分を奮い立たせて、よし負けないぞと力をこめる。

元気のないときは私が勝手に落ち込んでいく。それだけのこと。彼らはそんなの知る由もない。

 

幸い最近私の心は元気だけれど、想像も出来ない未来について思考をめぐらせては勝手に落ち込んでいる時がある。

大学で世の中が優しくない事も、女性にとって生きるのが厳しい事も学んだ身としては、課題があまりにも多すぎる。

皆自分の生活が人と比較してよいものであることを望んでいる。見栄っ張りなのだ。

資本主義においては、ここでいう良い生活や豊かさと言うのは、お金があるという後ろ盾によって成り立つ、満たされた生活のことだ。

欲しいサービスに手が届く。欲しいものが手に入る。贅を尽くしたさきにあるさらなる欲の世界。

人間は一度おいしい思いをするとなかなかそこからは離れられないのだから、資本主義とは人間の心理を上手く使っていると思う。

 

化粧もロクにしなかった私がこの一年で百貨店の売り場にあるコスメにあこがれをもつようになった。

大学生、そして、見えてきた社会人の収入は高校までのそれと違い、ヲタクとしての活動を広げていくには充分すぎるものだった。

 

同調を求める社会。

経済系のワイドショーで、最近の若者は自分のこだわりをもって金銭を使っていて、使っていないわけじゃないという話をしていた。

そしてそれがSNSにのって、いいねやらふぁぼやらスターやらになっていく。そんなような内容だったと思う。

消費に個性をだしているつもりでも、結局は大勢の同調がないと自信を得られないのだから、意外と小心者だと思う。

私は、こういったネット上の反応を全く気にしていないわけではなく、むしろとてもその数を気にするタイプだ。

それを自覚した上で上手いこと付き合おうと思っているから、まだましなのだろうか。

というか、何するにもべつに一人だっていいじゃないか。

私だけの世界観でいいじゃないか。

そうだ、雑誌を読んでいて、「年齢が本当に区切りなのか?」みたいな特集でご年配の方にインタビューをしていて、金言をかみしめながらページをめくったら、次の特集が「27才までに彼氏が欲しい><」でちゃぶ台ひっくり返したくなった話はしたっけ?今したけど。

 

本来はできるだけ人が傷つかない世の中が理想であって、理想論が語れる世の中と言うのはきっとまだ健全なのだと思う。

人の話を聞かない事も、人の目を見てコミュニケーションが取れない事もこわいこと。

自分が思う「脳のない」考えをつらつらと述べた記事に、使い古された暴言で中身のない批判をすることが同様に「脳のない」ことに、いい加減気づいてほしい。

すべての発言に理由を持ちたい。Whyが欠落した議論なんて議論ではない。理由がある事は責任を持っていることの裏づけだ。

議論は相手を負かすことが目的じゃないことにも気づいてほしい。

相手が括弧たる信念を持って意見を述べている以上、こちらが相手が折れたと思ったとしてもそれは錯覚である。

相手があなたを、議論してもしょうがない相手だと判断したということで、非常に恥ずべき烙印なのだ。

 

人間、目下の自分の生活が豊かであることをのぞみ、目先の欲には非常に忠実である。

イマジネーションを積み重ねて”豊かな”社会を作り上げたが、未来を見通すまでの想像力は持っていないのか、見ないふりをしているのか、はて。

人間なんてそんなものなのだ。人間と言うよりも、大人なんてそんなものなのだ。

子どもの頃に思い描いていたような自由で明るい、夢のある未来なんて今現在は存在しない。

大人はえらそうなことを言うけれど、大人が万能ならもう少しいろんな大人がニコニコ出来てたっていいはずだし、世界はとっくの昔に手を取り合っている。

日本からは遠い国の子どもが、あるいは日本でもないことにされている子どもが、私達の思う”ふつうの”生活を送れていていいはずで。

 

なんでこんな世の中になっちまったんだろうなあ。

考えるのを辞めた人が多くいるからだと、私は思うんだけどな。

だって考えるのってしんどいんだもの。真正面からぶつかるのって、面倒くさいし、辛いし、話題によっては頭とかおなかが痛くなるし、人からは後ろゆび指されるし。

でもほんとうにそのままでいいの?